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時代小説「欅風」(41)郷助 作業所設立

郷助の評判を聞いて、最近富みに車椅子、義足、義手の注文が増えていた。郷助はそれを何とかこなそうと、日中の農作業の時間を削って製作に励んでいた。

ある朝、次郎太は郷助に言った。

「兄やん。田圃と畑は俺と孝吉と才蔵さんでやるから、兄やんは農作業の時間を減らして身体を休めてけれ。大事なことは必ず兄やんに相談する。差し出がましいようだが、無理はしないでほしいだ」 

郷助は早起きして仕事に取り掛かっていた。

「次郎太、ありがとうよ。俺もこれからどうしようかと思案していたところだ。注文は増える一方だ。田圃も畑もこれから忙しくなる。それでは一度皆で集まって打ち合わせを持つべ。皆に声をかけておいてくれ」

次の日の朝、朝餉の後、皆が囲炉裏端に集まった。

郷助は皆の顔を一人一人見てから口を開いた。

「皆には苦労をかけている。済まないと思う。次郎太、孝吉、木賀さん、それにタケにも。

そこで今日皆に相談がある。前から考えてきたことだが、車椅子、義足、義手をつくるための専門の作業所を作りたいのだ。これからはもう俺一人ではこなしきれない。手伝って貰い、そして俺が今迄やってきたことを「この仕事をやりたい」という人達に伝えていきたいと思うようになっただ。この仕事は金儲けのためにやっているのではないから、十分な工賃を払う訳にはいかないべ。それでもいいという人を集めて、教えながら造る作業場を、屋敷の隅に建てたいのだ。これからは車椅子、義足、義手を造るだけでなく、人を育てる仕事も加わる。最初の一年で基本をみっちり身につけて貰えば、明くる年からはかなり任せられるようになるだろう。そこで田圃と畑は次郎太と孝吉と才蔵さん、それにタケに頼みたいのだ」

そう一気に話した。

次郎太は言った。

「兄やんの仕事は世のため、人のため、そして傷ついた働き手を抱えている家族のためになる仕事だ。俺は兄やんの考えと俺達への頼み、聞いて嬉しくなっただよ。兄やん、田圃と畑のことで大事なことは今迄通り、相談していくから、車椅子、義足、義手の作業所のことは兄やんの思う通りにやってほしいだ」

「次郎太、そう言って貰えるとありがたい。孝吉はどうだ?」

「父ちゃんがそこまで考えているなら、俺も次郎太兄にゃと同じ気持ちだ。父ちゃんに頑張ってほしい。ところで父ちゃん、狭野藩下屋敷の前栽畑の青物、土物栽培の手伝

いはどうするだ?」

郷助は少し考えてからこう言った。

「孝吉、最初の一年は父ちゃんと一緒に下屋敷に行ってお手伝いをしよう。明くる年からは、孝吉、お前一人でやってもらえないか」 

「父ちゃん、分かった。俺やるよ。狭野藩のお医者さんのお陰で俺は助かったんだから」

「孝吉。お前、随分大人になったな。それではその積もりで頼んだぞ」

郷助は才蔵に目を向けてこう言った。

「木賀さん。最近孝吉が紙と筆を持って何か考え事をしているようなので、聞いてみたら和算の稽古をしていると言うのだ。最近孝吉が賢そうな顔をしているのはそのお陰ではないかと思っていますだ。これからは百姓も学問をしなければならない時代ですだ。次郎太と孝吉に教えてやってください。また毎日の野良仕事、お手伝い頂き、本当に助かりますだ。作業所を作って、俺がかかりきりになると才蔵さんにも負担がかかり、申し訳ないことになると思っています」

才蔵はすっきりした顔で答えた。

「郷助さん、よく決心されましたな。私も郷助さんのお考えに賛成です。できましたら農作業の他に、作業所の仕事もお手伝いさせていただけないでしょうか。お話を聞いていて、私にもお役に立てることがあるのではないかと思いました。例えばこれから郷助さんの弟子になる人達のための車椅子、義手、義足の作り方の教本とか、材料の仕入れ、在庫、仕掛り品、販売品を管理する大福帳の記録、もろもろの計算とか」

郷助は嬉しそうに言った。

「木賀さん、ありがとうございます。今迄以上に忙しくなると思うだが、作業所も木賀さんに手伝って貰えれば助かりますだ」

「そして最後になったが、タケ、お前はどうだ?」

タケは下を向いて答えた。

「私はどこまでも父ちゃんについていくだよ。父ちゃんには信念というもんがある。わたしらの人生、嬉しいこともあったけど辛いこともたんとあった。わたしらには子供が3人いた。鉄吉、孝吉、そして光枝と。しかし鉄吉も光枝も子供の時、死んでしまった。

最初は鉄吉だった。熱を出してアッという間に死んでしまっただ。幼い子供がかかりやすい天然痘ということだったが、何がなんだか分からなかった。あれは鉄吉が五歳の時で可愛い盛りだった。わたしは気が狂ったみたいになってしまった。それでも毎日の野良仕事がある。田圃、畑は待ってくれない。

父ちゃんは牛を引いて畑に行った。わたしが昼の食べ物を持って畑に行った時、父ちゃんは大空に向かって「鉄吉、鉄吉」と泣きながら叫んでいた。仕事の合間合間に叫んでいたんだんべ。その声を聞いた時、わたしはハッとした。わたしが父ちゃんを支えていかなければ、と思っただ。わたしがしっかりしなければ、ウチの中が本当に暗くなってしまう。それから三年後、今度は光枝が灌漑水路に落ちて死んでしまった。光枝を畦道の籠の中に入れて、父ちゃんとわたしは野良仕事をしていた。光枝は籠の中から出てハイハイして水路の側まで行き、落ちてしまった。何か泣声がしたので、慌てて飛んでいったけど、手遅れだった。わたしは父ちゃんに謝った。わたしの不注意で光枝を死なせてしまったと。その時父ちゃんは黙ってあたしを抱きしめてくれた。『この悲しみに二人して耐えて行こう』と。

それ以来父ちゃんは自分達だけではなく、わたしらの周りの人達の幸せを願うようになっただ。周りの人達を幸せにするためには自分達夫婦、兄弟が幸せにならなければ話しにならねえ、が父ちゃんの口癖になっただ。」

タケは郷助に顔を向け、言った。

「父ちゃん、皆が賛成してくれてよかっただな。本当に良かっただ。わたしも嬉しい。皆で力を合わせて父ちゃんの作業所をつくり、田畑を守っていくだよ。だけどもくれぐれも身体に気をつけてな」

郷助は黙って皆に頭を下げた。膝の上に涙が落ちた。


次の週から作業所の建設が始まった。簡素な建物だったが、優に五人が作業できる広さだった。作業所の設計は才蔵も手伝った。

才蔵は活き活きと働いていた。


ある日の事、狭野藩下屋敷から手紙が来た。その手紙を読んだ才蔵の顔に当惑の表情が浮かんだ。

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