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時代小説「欅風」(45) 氏安 幕府に呼び出される

大阪城真田丸の片付け普請の後、幕府からの下命はなく、氏安は平穏の日々を送っていた。しかし心中では「このまま何も無いということはないだろう」と思っていた。

そこへ幕府から、直ちに江戸城に来るようにとの書状が届いた。署名は「老中 土井利勝」となっていた。

書状を読み終わった氏安は江戸城参上の趣きが書かれていないことで、一層不安を募らせていた。「何かお咎めがあるのだろうか」

書状が来た以上は一刻も早く参上しなければならない。

氏安は飯野家老と二人の家老を呼び、土井利勝の書状の内容を伝えた。家老三人は顔を見合わせ、「一体何事であろうか」互いに言い合った。

氏安は言った。

「何もお咎めを受けるようなことは、我が藩はしておらぬ。しかし、相手のあることだ。幕府が当藩をどのように見ているか、本当のところは分からない。いずれにしても直ぐ参上しなければならない。それこそ参上が遅れればお咎めを受けかねない。江戸城参内の準備を直ぐにするように。また江戸の徳田家老に早飛脚を出し、ワシの江戸行きを伝えるよにしてほしい」


その晩、叡基が氏安の部屋に密かに呼ばれた。氏安は江戸城参内の件を話した。

「叡基殿。この呼び出しをどのように受け止めたらよいか、貴公の考えを聞かせていただけませんか。」

叡基は諸国を歩き、改易に合った藩の様子を知っていた。叡基は暫く考え込み、そして口を開いた。

「今、殿はどのようなお気持ちでおられますか」

「正直、不安だ。恐れる気持ちでいる」

叡基は言った。

「適度に恐れる気持ちが必要です。殿もご承知の通り、福島正則様は豊臣恩顧の大大名でした。そんなこともあり、心の底で徳川幕府を、また秀忠様を侮るというか、見くびる気持ちがあり、それが言動に微かではありますが、出たのではないでしょうか。外様大名の中で最初に改易を受けました。恐れる気持ちを心の底に持つことが大事です。しかし、恐れ過ぎてはなりません。秀忠様を敬愛しつつ、慎ましく恐れる、という心構えで臨まれたらいかがでしょうか。予断を持たず、全てのことに有り難き仕合わせ、という気持ちで向き合うのが良いかと思います。

土井利勝様は公正な人柄と聞いております。」

氏安は微笑みながら答えた。

「叡基殿。良く分かりました。これで私の気持ちも落ち着きました」

「差し出がましいことを申し上げました。それではこれで」

叡基が部屋から出て行った後、氏安は早雲寺殿二十一か条を読み、そして三国志演義を開いた。毎日の日課をその晩も守った。


次の日の午後、氏安は伴の者10名と伴に騎乗で江戸表へと向かった。大阪の久宝寺町の宿舎で、氏安は天岡と会い、短い話をした後で、休息も取らず、京都に向かった。少しでも早く江戸に行かねばならぬ、その思いだった。


二週間後、狭野藩江戸上屋敷で徳田家老と密談している氏安の姿があった。

徳田家老は不安な表情を隠さないで言った。

「上様は幕藩体制を磐石のものとするため外様、親藩、譜代の別なく改易をするお方であると噂されております。このことだけは胸にお納め頂いて、登城頂きたく存じます」


翌朝、氏安は徳田家老を伴って、江戸城本丸に上がった。通された部屋で待っていると、暫く経ってから、老中 土 井利勝が入ってきて着座した。

氏安は恭しく挨拶をした。

「北条氏安でございます。この度はお呼び出しを頂き参上致しました。」

「氏安殿、土井利勝です」

土井利勝は、若い藩主の氏安にまっすぐに目を向けた。

「過日の大川の修復、また大阪城の真田丸の普請、立派にやり遂げてくれた」

氏安は答える。

「有り難き仕合わせに存じます」

平伏して顔を上げた氏安に向かって、土井利勝は、氏安が思っても見なかったことを言った。

「氏安殿。幕府は現在大阪夏の陣の後、日本各地に多くの御料地を持っている。その御料地の経営に力を入れたいのだ。御料地の石高を合わせると優に400万石近いであろう。この御料地が幕府の財政を支える基盤となっている。ご承知の通り、御料地には郡代が置かれ、その下に代官がいる。

ところで最近、伊勢国の美濃郡代の御料地、桑名44村の石高の減少が続き、由々しき事態となっている。そこで氏安殿にこの御料地の立て直しをやって頂きたいのだ。よろしいかな」

土井利勝は穏やかな口ぶりだったが、幕府の決定を伝えた。

「郡代、代官は現在の者達に引き続きやらせるので、相談役という立場でお役目を努めて頂きたい。貴藩から派遣する人数は五名までとする。五名に掛かる費えの半分は御料地持ち、残り半分は狭野藩持ちだ。二年間で石高の増加を実現するように。以上である」

氏安は平伏し、

「有り難き仕合わせ、全身全霊でお役目を努めさせて頂きます」


土井利勝は暫くお待ちくだされ、と言って部屋を出ていった。

氏安と徳田家老は口を開かず黙して待っていた。壁に耳あり、二人の目はそう語っていた。


ややあって土井利勝が部屋に再び入ってきて、言った。

「上様にお目見えである」

氏安は土井利勝に伴われて秀忠の前に出た。

「そちが北条氏安か」

氏安は平伏して挨拶した。

「氏安でございます。上様に拝謁賜り恐悦至極に存じます」

秀忠は無表情のまま言った。

「御料地の経営、頼んだぞ」

氏安はもう一度、秀忠の顔を見た後、平伏し

「畏まって存じます」


土井利勝に伴われて徳田家老が待つ部屋に戻った氏安は土井利勝に深く頭を下げて、江戸城を後にした。


江戸上屋敷で待機している氏安の元に幕府から書状が届いた。

「伊勢の国 桑名郡代の相談役を命ずる」

徳田家老から、伊達藩、加賀藩、薩摩藩にも御料地の経営にそれぞれ当たるようにとの下命が出ていることを知らされた。


氏安は帰国後、早速伊勢の国に天岡他三名を送った。三名は郡代に挨拶の後、44村を回った。

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