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時代小説「欅風」(55)郷助の作業場

郷助は次郎太と孝吉そして才蔵に田畑を任せ、自分は作業場で車椅子、義手、義足の製作に追われていた。注文が日ごとに増えていった。郷助は作業を手伝う弟子の育成にも努めていた。そして今迄全部の部品を一人でつくっていたが、作業を幾つかの部分に分けて、それぞれの部分を助手に担当させた。最後の仕上げは郷助が見た。まだまだやり直しをさせることが多い。この幾つかの部分に分けて、助手に担当させ、全体を郷助がまとめる、というやり方は才蔵の助言によるものだった。その結果、仕事が捗り、増えていく注文を納期どおりこなすことができるようになってきた。そして最近この作業場に助手として入った大船渡出身の源次は手先が器用で、仕事をドンドン覚えていった。

作業場の片隅に木の机と椅子が置いてあり、そこで郷助は相談に来た客に応対していた。

客が言っている。

「義足の方は今のところ困ってはいないだよ。ただつないだとこを固く縛るせいか、日によっては痛い時もあるけど、我慢すれば大丈夫だ。ただ手の方はもう少し使えるようになればいいだ。使える左手でこうやって右手の指を曲げて木の匙で飯を食っているだが、少しゆるいせいか、匙が落ちてしまうだ」

郷助は一つ一つ話を丁寧に聞いている。

「足が痛いというのはつらかんべ。当るところには内側に何か柔らかいものを貼ってみべ。それから指だが、今指の一番目の関節と二番目、三番目の関節のところが義指でも曲げられるように考えているだ。暫くかかるが、待っててくれ」

相談に来た客にタケが茶を運んできてもてなす。郷助は話を聞いている。そして助手は客の足と指を摩り、揉んでいる。

「おらあ、ここに来るとホッとするだ。こんな片輪になった者でも郷助さんたちのお陰でこの人生、生きて生き抜いてみよう、そんな気持になるだよ」

休憩時間に茶を飲みながら、郷助は助手の一人一人に声をかけた。郷助は一切叱らない。褒めるのだ。どんなに小さなことでも褒める。その上で必ず言う。「この仕事は事故で手足を無くした人が少しでも人並みに仕事をし、生活できるように、そして生きていて良かったと思えるように手助けするためだ。」

郷助は少し離れたところに座って茶を飲んでいる才蔵にも声をかける。

「才吉さん。皆で分担して仕事をして、それをまとめる、というやり方はとてもいいだ。

 随分捗るようになったし、皆の技量も上がってきた」

「それは良かった。それぞれが自分の仕事をまずきっちりやり遂げながら、あわせて前後の仕事をしている仲間の仕事とのつながりのことも考えていけば、更に良くなっていくでしょう。一日一回そのための打ち合わせの時間をとったらどうでしょうか。」

「たしかにそうだ。全部をうまく組み合わせるためには過不足があってはいけない。それでは昼飯の後、暫くの時間、すり合わせのための打ち合わせを持とう。皆どうだ?」

助手達は全員賛成だ。

郷助は二つのことをいつも考えている。一つは助手たちには長時間作業を強いないようにする。そのためにはより短い時間で、より良いものをつくる仕組みが大事だ。もう一つは助手達はいずれ故郷に帰る、ということだ。故郷で車椅子、義手、義足の作業場を持つことになるだろう。なぜなら皆一人一人の様子に合わせて製作する、注文生産だからだ。また使っているうちに手直しも度々ある。遠くの人が旅費をかけてわざわざこの郷助の作業場迄来る、というのは無理な話だ。弟子を育て上げ、その弟子たちがそれぞれの場所で作業場を開けるようにしたい、というのが郷助の願いだった。

それで郷助は助手達が仕事を終えて、夕食を取った後、助手のために塾を開いていた。塾長は郷助、副長は才蔵だ。郷助は車椅子、義手、義足の作り方について、また作る場合の心構えについて分かりやすく説明する。そして問いを出して考えさせる。

「俺の弟、次郎太が戦さで足に大怪我をして、両足なくしてしまった。その時次郎太は何を考えたと思うだ。」

「義足をつけて歩くと痛みが出やすいところが必ずある。それはどこだと思う」

「義手をつけても何にもできない、恰好だけだと言うものがいる。手はそれだけ複雑な動きをするところだ。人が義手をつけていの一番にしたいことは何だろうか」

そして副長の才蔵。

才蔵は、材料の仕入れ、保管、帳簿付け、収支の計算を、事例を使って説明する。また農民、職人が車椅子、義手、義足を購入するための「講」制度づくりについても解説する。

塾が終った後、それぞれ風呂に入って消灯、となる。タケは郷助家族だけではなく、助手の世話もあり、毎日忙しくしていた。

フトンの中から郷助はタケに声をかける。

「タケ、夜明けから夜遅くまで、苦労をかけるな。」

「父ちゃん。父ちゃんこそ身体に気をつけるだ。おらは大丈夫だよ。次郎太さんも元気に野良作業をしているし、孝吉もしっかりしてきたし・・・おら何だかこういっちゃ父ちゃんには申し訳ねえが毎日が楽しい。そして才蔵さんが見違えるように元気になったのも嬉しいだよ。」

「そうだな、本当にそうだ」

才蔵は床に入る前に作業場の見回りをした。以前作業場に盗みが入ったことがあった。金が置いてあると思ったのだろう。物音がしたので、才蔵が最初に作業場にかけつけたが、侵入者は逃げた後で捕まらなかった。しかし、逃げる時、ニカワの入った鍋に足をひっかけ、土間にはニカワが流れていた。

才蔵は丑三つ時、もう一度起きて、作業場の見回りをするようになった。郷助さんの作業場は何が何でも護らなければならない。

作業場に金がないと分かればいつ何時母屋の方に侵入してくるとも限らない。才蔵は作業場と母屋、両方に注意を払っていた。以前侵入してきた者は一人だったが、今度は仲間を一緒に連れてくるかもしれない。このことについては郷助だけに話した。タケを心配させたくなかったからだ。

才蔵は枕元にいつも木刀を置いて床についた。


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