時代小説「欅風」(65)郷助の作業場 将軍訪問
郷助の作業場には毎日のように客がやってきた。両足の無いものは家族に背負われながら、両腕を失った者は家族に付き添われながらやってくる。片足の者は松葉杖を突きながら、片腕の者は一人でやってくることもあり、家族と一緒に来ることもある。
今日やってきたのは、両腕を潰した若者だった。妻なのだろう、若い女が付き添っている。
郷助の作業場に着くと若い女が走るようにして、作業場の受付のところにやってきた。
「こちらが郷助さんの作業場でしょうか」
作業をしている助手の一人が受付台に行き答える。
「そうです。どうぞ中にお入りください」
そう言って助手は外で立っている両腕の無い若者を迎えにいく。
二人が作業場の接客場所の椅子に座ったところで郷助が二人に挨拶をする。
「今日はこんなところまでわざわざお越しくださり、ありがとうございます」
助手が二人に茶を出す。
「郷助さん、こちらは私の夫です。棚田の石積みの際に、石が両腕の上に落ちてきて、両腕を潰してしまいました。幸い命は助かったのですが、事故の日からずっと「俺みたいな者はもう生きていても何の役にも立たねえ。死にてえ、死なせてくれ」と言い続けているのでございます」若い妻は涙ながらに話す。
「ご主人も確かにお辛いでしょう。それでも生きて働くことはできますだ。私の弟は戦さで両足を失いましたが、毎日元気に畑で仕事をしていますだ。」
そういいながら郷助は若い夫に言う。
「腕の傷口を見せて頂いてもよろしいですか」
若い夫は黙って頷く。
郷助は傷口を覆っている布切れを外していくと傷口が現れた。余程腕のいい村医者なのだろう、傷口が皮膚で覆われ、塞がっている。
「傷口はきれいに縫い合わされていますだ。村には立派なお医者様がいらっしゃるようですな。これなら直ぐに義手の準備ができますだ」
郷助はそう言って若い夫にやさしく微笑みかける。
若い夫はそう言ってもらって少しホッとしたようだった。
「俺が腕を無くしてからというもの、俺の仕事の分まで女房がやっている。俺には何もできない。それで自分が情けなくて情けなくて、どうしようもないですだ」
郷助は言った。
「そうでしょうな。今迄あったものが突然無くなり、今迄普通に出来ていたことができなくなる。人であれば誰でもそんな気持になるのは当然ですだ。ウチの作業場では皆さん一人一人の身体の具合、求めに応じて義手、義足、車椅子を作っていますだ。ご主人の場合、両肩から下げるようにして、義手を作りましょう。」
若い夫は恐る恐る聞く。義手をつくるための費用について心配しているようだ。
「両腕の義手をつけたら何ができるようになりますだ。メシを食うことも、尻を拭くこともできないのでは。いわんや野良作業などできるものでしょうか」
郷助は答える。
「最近、義手の指で箸が持てるような仕掛けを考案しただ。両腕の無い人は家族の者が少し手伝ってくだされば、食べ物を自分で食べられる。自分に出来ることを段々増やしていけば良いですだ。春夏秋冬、近在の者で義手、義足、車椅子を使っている者達が1週間、この作業場にやってきて、食事をし、寝泊りしながら話し合いますだ。ここのところがこうなるといいんだが、とか、俺はこんな工夫を考えただとか、皆で話し合い、励まし合っておりますだ」
若い妻は夫の顔を見ながら、聞く。
「その両腕用の義手をつくるための費用を伺っても良いでしょうか」
郷助は才蔵に目配せして、言う。
「村の皆で助け合うことが大切ですだ。そこでウチでは費用は「講」で負担する仕組みをつくりました。ここにいる才蔵さんがその専門家です。才蔵さんから説明させましょう。と言っても「講」ができなけば義手を作らないということではありませんだ。一緒に進めていきます。」
才蔵が義手、義足、車椅子のための「講」について二人に説明する。怪我をした時のための相互扶助活動であること、そのための仕組みであることを才蔵は分かりやすく話す。
話を聞いた後、若い妻が涙ながらに夫に語りかける。
「この作業場の人達も村の人達もあんたを助けようとしているだ。頑張るだよ」
郷助の作業場の評判は近在の村にまで広がっていった。村の庄屋の中には郷助の作業場のために秘かに寄付をするものが出てきた。
「郷助さんは世のため、人のために仕事をなさっている。わずかなことしかできませんが、私にもお手伝いさせてください」
ある日、郷助は村の近くで将軍様の鷹狩りがあると聞いた。その時はこんなところまで将軍様は来なさるのか、と思っていたが、どうも外の様子が騒がしい。侍達の姿が見える。
郷助は助手と一緒に作業場を出て、侍達の方に行った。
「ここは身体が不自由になった人達のための道具を作っている作業場です。今日は何か御用でしょうか」
侍が聞く。
「郷助の作業場だな。先ほど休息をとった庄屋でこちらの話を聞いた。上様がどうしても作業場を見たいということで、突然ではあるが来たわけじゃ。粗相の無い様に応対せよ」
上様と言えば、二代将軍秀忠様だ。
秀忠は馬上から降りて、両脇前後を護られながら作業場に入ってきた。制作のための道具について質問をする。郷助は簡潔に答える。助手の一人一人に出身地を聞く。
「大船渡から来ているのか、随分遠くからだな。大船渡の大工は腕がいいと聞いたことがある」
大船渡の源次が答える。
「ここで修行をさせて頂いております」
一通り見た後、二代将軍一行は帰っていった。
助手達が口々に言った。
「いや~、将軍がじきじきに来られるとはたまげました」
郷助は黙って皆の話を聞いていた。
そして一つ、気がかりなことがあった。以前孝吉と一緒に堺に行き、義手、義足,車椅子の関係の書籍を購入して、それを参考にしながら製品の改善に努めていた。侍の一人が作業打ち合わせ台の上に置いてあったポルトガル語の書籍に目を留めていた。
将軍の突然の訪問から3日後、郷助の作業場に侍が五人やってきて、作業場を検分する、と言ったかと思うと、ポルトガル語の書籍をすべて持っていってしまった。
「書籍を検分し、問題が無ければ追って返還する」
1週間後、ポルトガル語の書籍は戻ってきた。金一両と枚の短冊が添えられてあった。
「民、百姓のためにこれからも励むように」署名は無かった。
郷助の作業場で現在取り組んでいるのは義足をできるだけ軽くするための工夫だった。材料はヒノキを使っている。そのままだとどうしても重くなる。そこで考えたのが、一本づくりをしている木の義足の孔開けだ。沢山の孔を開ければ、その分軽くなるが、あまり開けすぎると弱くなって折れたりする。適度の数というものがある。村の鍛冶屋に孔開けの金具を作ってもらい、それに水車の回転軸をつなげて孔開けできるようにした。能率が上がる。
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