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屋上菜園物語

 

〜第6話〜 

<しあわせづくり>

明彦はアルバイトの仕事の後、カフェに立ち寄り、窓際の席に座った。

自分の心の中で渦巻いている感情を落ち着かせたかったのだ。虚しさに対する苛立ちだったのかもしれない。


自分でも説明できない、初めて経験する感情だった。運ばれてきたアメリカンを飲みなが
ら、ぼんやりと店の前を通りすぎる人々を見ていた。苛立ちは収まらない。
その時、窓を叩く者がいた。びっくりして見ると友人の野口だった。

野口は店の中に入ってきて、明彦の前に立った。


「安田君、久しぶり。こんなところで会えるとは思わなかったよ。座ってもいいかな」
野口は明るい声でそう言った。明彦は「どうぞ」と答えた。


明彦と野口は定年退職後、あるNPOの活動で出会った。都市と地方の交流を促進する活動
をしている団体だった。ウマがあったのだろう、二人は一緒に活動することが多かった。
しかし明彦は月1回山梨県の奥迄泊りがけでいくのが段々難しくなり、事情を説明して途
中から身を引いた。


「安田君は今何をしているの?」
明彦は近況をかいつまんで話した。今2つの会社で顧問のような仕事をしている、それぞ
れ週1回の出勤で、残りの日は自分なりに小さな会社を起したいと思っているのでその準
備をしている、できれば生涯現役で仕事を続けていきたい、などなど。
野口は黙って話を聞いていた。

そして明彦が話し終わった後、
「やっぱりこれからは自分が納得できる、打ち込める仕事がしたいね。人生の最終章を飾
る価値ある仕事ということかな。小さくていい、自分が生きた証になるような仕事だ。自
分もそれを探している」
明彦は野口の顔を見た。微笑んでいる。


「安田君、今自分は屋上で野菜を育てる仕事をしている。一度気分転換を兼ねて見にこな
いか。その時は連絡してほしい」そう言ってメモを残して店を出て行った。

明彦はその後もぼんやりと窓の外の風景を眺めていた。、店の中の他の客にはどう見えて
いただろうか。明彦が何か思い詰めているように見えたかもしれない。


安田明彦は大学卒業後、ある中堅商事会社に入社した。最初に配属されたのは総務部広報
課だった。そこで3年間仕事をした後、貿易部に異動になった。

鉄鋼製品の輸出が主な業務だった。海外出張もあった。

 

しかし仕事上の失敗が原因でうつ病になり、会社を半年間休職した。

半年後仕事に復帰した時、配属されたのは会社が保有している倉庫の入出庫管理をする資材管理課だった。以前の仕事とは全く違い、戸惑うことが多かったが、やっと慣れた頃にまた異動となった。今度は子会社で、親会社では扱わないような小規模な商談の担当となった。明彦にもそれなりのプライドもあり、また挽回したいという気持ちもあったが、今回の子会社への異動で覚悟を決めざるを得なかった。

妻の利絵は元気になればもう一度本社の営業部で活躍できるかもしれないという淡い期待を持っていたようだが、子会社への異動を伝えた時、ありありと落胆の色を見せた。

それでも気を取り直して私も働くわと言った後、


「お父さん。これからも身体に気をつけて頑張ってください。いよいよお父さんにとって
正念場になるわ。マンションのローンもまだ残っているし」
明彦はこの正念場という言葉を聞いて目が覚めたような気がした。

今まで俺は何のために仕事をしてきたのか。自問自答を繰り返した。

その結果辿り着いた結論は「これからは事に仕える」ということだった。

今迄は出世競争に加わりたいために、人の目を気にし、また自分には到底無理な目標をたてて自分を駆り立ててきた。その挙句うつ病になってしまった。

これからは余計なことは考えずに、自分なりに納得できる良い仕事をしよう。

自己意識の固まりのようなプライドも捨てよう。
そのように思い定めた夜、明彦は行きつけの飯田橋の居酒屋で独りで痛飲した。帰宅した
のは真夜中だった。利絵は寝ずに明彦の帰宅を待っていた。


子会社で明彦はどんな商談にも喜んで取り組んだ。お客様の話をしっかり、深く聞くので
仕事の成約率は高かった。しかしそれだけ時間をかけることになるので、成約件数は余り
伸びなかった。ノルマは達成していたが、もっと売上げを伸ばしたい子会社の社長は満足
せず、明彦にプレッシャーをかけてきた。

「効率とスピードだよ」子会社の社長は実績を上げて親会社復帰を目指していた。
40歳後半になっていたので役職は課長代理だったが、明彦には部下はいなかった。そう
いえば自分には育てるべき直属の部下は与えられなかった。
3年後親会社でリストラが始まった。業績の悪化を人員整理で乗り切ろうというわけだ。

当然子会社にもリストラの波が押し寄せてきた。明彦も肩を叩かれた。抵抗はできなかっ
た。自分のサラリーマン人生とは一体何だったのか。
最後の出社日、子会社の社長から「長い間お疲れ様でした。またいつかどこかで会うかも
しれませんが、お元気で」と声を掛けられた。子会社の社長もリストラされるという話を
聞いた。
明彦は子会社時代に親しくなった2社の社長から声をかけられた。

どちらも小さな会社だ。


社長からは「相談相手になっていただきたい」ということで週1回の出社で毎月5万円の顧
問料だった。マンションのローンは既に返済しているが、まだ年金の受給開始年齢まで
10年以上あるので、合計10万円では苦しかった。妻の梨絵はパートに出ていたが、年
間収入は100万円ほどだった。したくはなかったが足りない時は退職金に手をつけるこ
ともあった。


明彦、梨絵の夫婦には子供がいなかった。
明彦はこのままでは終われない、人生の最終段階で自分が納得できる仕事を起こそうと考
えていたが、自分が本当に打ち込める仕事はなかなか見つからなかった。セールスレップ
など新しい仕事もやってみたが、長続きしなかった。ある時自分が小さな筏に乗って暗い
海を漂流し続けているような気分になったことがある。
そんな時、カフェで偶然野口にあった。というより野口が自分を見つけてくれた。

明彦は野口から渡されたメモを見た。

1週間後、明彦は足立区の商業ビルの屋上にいた。野口は屋上菜園の様子を丁寧に説明し
てくれた。明彦は初めて屋上菜園というものを見た。野口が屋上菜園の他の区画で野菜の
手入れをしている間、明彦はピーマンの区画にいた。緑の実がいくつもついている。そし
て花もたくさん咲いている。太陽の光を受けてピーマンの実は輝いていた。野口が寄って
きて言う。「ピーマンもよくできる。土の深さは15cmなんだ。この土なら根も十分呼
吸できるから茎葉も元気に生長し、実もたくさんとれる」
野口が去った後も明彦はピーマンの区画にとどまっていた。何か声が聞こえたような気が
したからだ。明彦はピーマンの木に耳を寄せた。

 

 

「安田さん。初めまして。今日初めて屋上菜園に来られて、私たちのところで足をとめて
くださりありがとうございます。私たちピーマンは初夏から冬近く迄花を咲かせ実をつけ
ます。夏野菜の中ではナスさんと同じように息の長い野菜なんです。安田さんと同じよう
に初夏から真夏迄の暑い時期と空気が冷たくなってくる秋の時期と環境の変化に対応しな
がら花を咲かせ実をつけていきます。もっとも秋には花も少なくなり、出来る実も小さ目
ですが、頑張っていますよ。」
明彦は思わずピーマンに聞いた。

 

 

「なぜ私のことを知っているんですか」
 

 

「野口さんが先日あなたのことを私たちに話してくれたんです。安田さん、これからの仕
事は人々を幸せにすることです。私たちは太陽の光を受け「幸せ」という気持ちになり花
を咲かせます。安田さんも是非「幸せの花」を咲かせてください。安田さんの今迄のサラ
リーマン人生は順風満帆ではなかったでしょうが、だからこそ幸せの姿がきっと見えるは
ずです。そして幸せはつくることができます。安田さんの今迄の人生経験を糧にしてこれ
からは幸せづくりに励んでください。」
ピーマンは暖かい風にゆっくりと揺れている。

END

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