
時代小説「欅風」(62)千恵とおしの
千恵は波江にとって娘であるばかりか歳の離れた妹のようでさえあった。千恵は波江の農作業と寺子屋のために独特の働きをするようになった。農作業では子供達のまとめ役になって手順を子供達に話すのだった。 「今日は土の耕転よ。こんな風に土を掘ってひっくり返す。その前に一昨年の冬準備した...

時代小説「欅風」(61)氏安 幕閣に入る
朝の評定では家老が進行役を勤める。お役目の者が一人一人報告、説明をする。その際、氏安は丁寧に話を聞くよう心がけている。 「塾について準備作業が進んでいることを嬉しく思う。ところで塾で使う教材はどのようにして準備するのか」 役目の者が答える。...

時代小説「欅風」(60)狭野藩改革
狭野藩は1万石余のまことに小さな藩だ。領地も狭く、当然石高も少ない。氏安は考えた。小さな藩はどのように生きていったら良いのか。日夜考えつづけた。そこで得た結論は小さな藩だからこそできることを見つける、小さな藩しかできないことを実行する、ということだった。氏安は、藩は地産地消...

時代小説「欅風」(59)桑名村の天岡組と朝明川の叡基組
天岡は桑名村の大庄屋と話し合いを重ねていた。米の生産を安定させることと、良質の米を増産することが話し合いの中心であった。天岡は桑名村44村に米作りの名人を一人推薦するように手紙を書いた。二ヵ月後霜月の晦日に、桑名の大庄屋の屋敷に集まるようにと認めた。それぞれの村では寄り合い...

時代小説「欅風」(58)狭野藩の殖産事業の発展
米の藩内価格を設定してから農民は安心して米づくりに励むようになった。自分たちがやるべきことは病虫害から稲を守り、天候不順から守ることであった。増産すればそれが自分達の実入りになり、また藩の方では年貢米と買い上げた余剰米を藩の運営、藩士への支給さらには不作の折の備蓄にまわして...

時代小説「欅風」(57)新之助 商売に励む
新之助が店でいつも考えているのは「売れる商品」をどうやって早く見極めるか。もう一つは売れている商品の在庫切れをどのようにして防ぐか、だった。お客様が買いたいと言うのに商品がないのでは話にならない。それではお客様に申し訳ない。かと言って必要以上に仕入れて売残りを出すわけにはい...

時代小説「欅風」(56)才蔵と波江の出会い
才蔵は少しづつ生きる自信を持ち始めていた。「自分も人の役に立つことができる」この思いをやっと実感として持つことができた。しかし、一方で才蔵は自分自身のこころの弱さを抱えたままでいた。それは人には言えないことでもあった。以前次郎太には話したことがあった。確かに頭ではどうしたら...

時代小説「欅風」(55)郷助の作業場
郷助は次郎太と孝吉そして才蔵に田畑を任せ、自分は作業場で車椅子、義手、義足の製作に追われていた。注文が日ごとに増えていった。郷助は作業を手伝う弟子の育成にも努めていた。そして今迄全部の部品を一人でつくっていたが、作業を幾つかの部分に分けて、それぞれの部分を助手に担当させた。...

時代小説「欅風」(54) 氏安 天領桑名村立て直し その二
氏安は床下に人の気配を感じた。天岡と叡基に声をかけた。「今日は日和も良い。どうだ、外に出て、歩きながら話の続きをすることにしょう」三人は外に連れ立って出た。藩庁の横に大きな池がある。狭山池の水を引き込んで作った約二反分ほどの大きさで、瓢箪のような形をしていて真ん中に赤い橋が...

時代小説「欅風」(53) 慈光和尚 人生行路その二 千恵との話
慈光和尚は波江の急に何かを思いだしたような顔を見て、話を中断した。 「どうかされましたか」 「いいえ、何でもありません。失礼しました」 波江は慌てて答えた。 「そうですか。それでは話を続けさせて頂きます。私は琵琶法師の話を聞いて、本当にそんな人がいるもんだろうか。自分の罪の...