屋上菜園物語
〜第8話〜
<夜空に流れる歌声>
東海道新幹線新大阪駅の近く、10階建てのマンションの屋上から歌声が流れてくる。
ファド歌手、月森夕湖が歌っている。
ポルトガルの民族歌謡のファド、「サウダーデの風」。
『夕べの鐘が 潮風に乗り 通りすがりの 旅人の胸に よぎっていく 亡き友の顔 ああ サウダーデ 君をしのぶよ 悲しみの涙を 喜びに変えて 人は祈り 人は生きる ああ サウダーデ 君を思うよ』
このマンションの屋上は柔らかな芝生で緑化されている。ブドウ、オリーブの果樹も植わっている。晩夏の夕方の風が屋上を気持ちよく吹き抜けていく。
今夕は月森夕湖のライブだ。
30名ほどの聴衆が芝生の上に座って夕湖の歌に耳を傾けている。夕湖は歌と歌の間で短く歌詞にまつわる物語を語った。
全部で10曲歌い終わった後、夕湖は最後にあいさつをした。
「私は千葉県のいすみ市というところに住んでいます。家は竹林の多い里山の中にあります。私はファドに私の人生をささげてきました。ファドを愛しています。これからの人生、ファドを唄い続けていきたいと思っています。私の家の前には畑がありますので、ちょっとおかしい言葉かもしれませんが、「半農半歌」の生活をしています。半分農作業、あとの半分は歌手活動です。
農作業を通じて私は自然と交流し、またその土地で亡くなった人々の魂と対話しています。ですから私の歌声はそこから出てくるのではないかと思っています。
民謡はその土地の霊、地霊が一緒に歌っているのかもしれません。
私が最初にそのことに気がついたのは若い時、自分のこれからの生き方を考えたくて、一人、ハンガリーに旅行した時です。小さなレストランでジプシー音楽に出会いました。
ジプシーが歌った「キッシュ・ラーニュ」(小さな娘)という歌ですが、私の歌の原点になりました。そしてブダペストの食堂ではよくボルシチを食べました。ロシア料理ですね。ボルシチはビーツ、パプリカ、馬肉が入った煮込みスープです。私はビーツが大好きで自分の畑でも栽培しています。今日これから開かれる夕食会のために私の畑からビーツを持ってきました。それからポルトガル料理。
私はファドの歌手になりたくてリスボンに行きました。小さなホテルに泊まって、毎日のようにファドが歌われているレストランに通いました。そして最後はポルトガル語をきちんと学びたいと思ってリスボン大学の聴講生になりました。若いからできたんですね。大学の傍に小さなレストランがあって、そこでポルトガルの代表的な野菜スープ、カルド・ヴェルデをよく食べました。
ということで、私の畑からジャガイモも持ってきました。山下さんご夫妻にお願いして、これから開かれる夕食会にはボルシチとカルド・ヴェルデを出して頂く予定です。お話が長くなりごめんなさい。
今夕は皆さん、ファドに耳を傾けてくださり、ありがとうございました。ポルトガルギターを弾いてくださった松雪さん、ありがとうございました。そして今日この会場に呼んでくださり、多くの方に声をかけてくださった、ビルオーナーの山下さんにこころからお礼を申し上げます。また機会がありましたら是非お呼びください。
月森夕湖は屋上の出入口のところに立って聴衆の一人一人に声をかけながら、握手をしていた。
ライブの後は夕食会がビルの1階にあるカフェで開催される。月森夕湖は山下さんご夫妻と一緒のテーブルについた。ある若い女性が月森のところに来た。
若い女性:
「月森さん、今日は本当に素晴らしい歌を聞かせてくださり、ありがとうございました。その中で特に私のこころに迫ってきたのは「感謝の歌」でした。『あなたが私にくださったもの 不安、心配(少しのやさしさもあったかしら)』。
私、最近離婚しました。
いろいろな思いがありますが、「感謝の歌」の最後、『でもね。私の愛する人よ 決して皮肉ではないわ 心からありがとう あなたが下さったすべてにありがとう』を聞いて救われたような気持ちになりました。」
月森はじっと聞いていた。そして言った。「そう言って頂くとうれしいわ。私も60歳になりました。今迄の人生、愛する人との出会いと別れが私にもありました。若い時に出会った愛する人、そして中年になってから出会った愛する人。その時は傷つけられたり、傷つけたりして別れたけど、今では私も「あなたが下さったすべてにありがとう」という気持ちよ。」
若い女性:
「月森さんは、すべてにありがとう、という気持ちになれたんですね。どうしたらそうなれるんでしょうか」
月森は若い女性を励ますように女性の手を握って言った。
「過去を振り返ってはいけないの」
若い女性は答えた。「私もそのようにしています。未来を見ています。今度こそ幸せになりたい。過去を忘れ、前だけ向いて生きていこう、と」
月森は答えた。
「私が過去を振り返ってはいけない、というのは過去を部分的に思い出すということじゃなくて、過去全体に向き合う、ということなの。過去と向き合うというのは勇気がいるわ。過去は失敗ではないの。いろいろな経験を通して成長したあなたがいるわ。人は傷つきながら成長していくものよ」
若い女性は涙を浮かべ、今度は自分から手を出して月森の手を握った。
若い女性の次に並んでいたのは白髪の男性だった。
男性「私は「私の中のファド」が心に沁みました。私は今年で75歳になりました。いつ死んでもおかしくない年齢です。最近は今日が私の人生最後の日という気持ちで一日一日を過ごしています。夜寝るときは「今晩寝ている時の身体と魂をお守りください。そして明日の朝を元気に迎えられますように」って祈るんです。寝ている間に向こうの世界に行くのは避けたいですから。やはりこの世で家族に最後の感謝の言葉を伝えて旅立ちたいものです。私の中にもいつのまにか棲みついている心の歌があります、ちょっと秘密ですが、
いつも口ずさんでいますよ」
月森は答える。
「ご自分の中に心の歌を持っている人は幸せです。歌は私たちを、人生に深みに連れていってくれます。そして私は最近思うんですけれども、私が歌う時、目の前にいる生きている人も、既に亡くなった私の親しい人も一緒に聞いていてくれるような気がしています。歌は生きている人と亡くなった人をつなぐ何か特別のものかもしれませんね。生き物の中で歌を歌うのは人間だけじゃないかしら」
男性の後は中年の女性だった。
10人ほどの列ができている。
夕食会の準備ができた。最初はワインで乾杯。マスカットベリーAの赤ワイン。各テーブルの上に小さなバーベキューセットが置かれ、肉、野菜が焼かれる。野菜のほとんどはこのビルの屋上で収穫されたものだ。玉ねぎ、ピーマン、ニンジン、パプリカそしてビーツ。
そしてボルシチもカルド・ヴェルデも運ばれてきた。
夕食会は10時迄続いた。
ホテルに戻ってきた月森夕湖は着替えをする前に持ちかえったワインを飲みながら今日一日のことを振り返り、習慣にしている日記を書いていた。頬杖をつきちょっとぼんやりした時、ビーツが話しかけてきた。
「夕湖さん。今日のライブは良かったですね。夕湖さんが祈るような感じで歌っているのが伝わってきました。夕湖さんと私は40年近くの付き合いになるんですね。ところで私は夕湖さんがいろいろな病気を抱えながら、半農半歌の生き方をしていることを知っています。私は「食べる輸血」を言われるように栄養豊富な野菜です。私を皆さんに差し上げるのはいいのですが、夕湖さんご自身ももっと私を食べてくださいね。私は「奇跡の野菜」とも言われています。夕湖さんのために是非奇跡を起こしたいと思っているんですよ。一日でも長く元気でいて、多くの人に生きる力を、幸せをプレゼントしてください。
私からのお願いです。」
END