top of page

第二の故郷ものがたり

 

〜第5話〜

初めてのワ―ケーション その3.企画書のまとめ

第二の故郷 第五話画像.jpg

3日目の朝、朝陽が窓越しに入ってきて部屋を明るくしている。枕元の時計を見ると6時だ。俊介はすぐに着替えて朝の散歩に出ることにした。朝食の準備をしている女将さんに声を掛けて道に出た。向こうに見える畑で民宿のご主人が畑作業をしている。俊介は坂道を途中迄降りてから、山の中腹にあるお寺に行ってみることにした。石積みの階段を上がっていった境内からみると町が一望できる。ちょっと不思議な感覚だったが、町を見ながら懐かしい思いに襲われた。

朝食は今日は洋食。パンとハムと卵焼き。ブラックベリーのジャムもついている。それにカボチャのスープ。
飲み物はコーヒー。デザートはアケビ。
今朝テーブルについたのは私一人だった。女将さんによれば今週の金曜日夕方、団体客がくるとのこと。

 

食後、今日の仕事とその後のリクリエーションについてコーヒーを飲みながら流れをレビューした。仕事の後の時間は自転車でこの町の神社仏閣を回ることにした。民宿にパンフレットが置いてある。それから今日の伊東さんとの打ち合わせの準備をした。打ち合わせは今日が最後だ。シート7と8について打ち合わせる。ポイントになるのは損失の許容できる限度額の設定と地域商品としてのブランド化だ。やってきた観光客が農場での経験価値を高め、満足し、繰り返し、農場に来るようになる。そのためにはどうしたらいいか。そのあたりまで考えてから、自転車に乗ってログハウスのオフィスに向かった。
伊東さんは8時前に来ていた。ログハウスの前の森を見ていた。
朝の挨拶を交わした後、俊介は2人分のコーヒーを入れてログハウスの前のテラスのテーブルに運んだ。
伊東「ありがとうございます。ところで野崎さん。昨日の打ち合わせの後、実はスーパーフード農園での栽培作業、収穫した後の料理づくりをこのプロジェクトの特長にできないかと考えていたんです。実は私の家内は管理栄養士でして、前からスーパーフードのメニューづくりに取り組んでいます」
俊介は答えた。「それはいいですね。私はあの後、伊東さんのスーパーフード農場を観光資源にできないかと考えていました」
2人はミーティングルームに戻り、打ち合わせを始めた。今日はシート7と8の検討だ。事業の売上・収益計画のためのループ図を徹底的に検討した。売上・利益とも6割は安定購入先で何とか固めたい。可能性のある安定得意先のリストづくりを行った。そして残りの4割は観光資源として農場を位置付けた場合の売上・収益となる。最後のシート8の地域ブランド化のために一番大事なことは農場体験をした観光客の経験価値だ。観光客がその価値を友人、知人に話してくれる。そして再訪する。そんな形でスーパーフード農場のファン、さらにはサポーターになってくれればスーパーフード農場のブランド化は自然な形で進んでいく。問題はどのようにしてスーパーフード農場での体験価値を高めていくかだ。伊東さんから体験価値については奥さんとも話し合いたいとのことだった。
その内容については今週の金曜日までに伝えてもらうことにした。

3日間にわたる俊介と伊東さんとの打ち合わせはこれで終わった。一杯やるのは金曜日にして、俊介と伊東さんはログハウスの前で別れた。俊介は自転車で
竹細工でいろいろなものを作っている工房を訪問して、竹細工の作り方を見せてもらった。ここの竹細工は有名で特に江戸時代には名産として江戸でも売られていたとのことだった。そこに夕方までいて、夕暮れが迫る頃、民宿に戻った。
既に夕食の時間になっていた。食堂に行くと、若い女性が3人、食事をしていた。楽しそうに話合っている。食卓に花が置いてあり、それを摘まんで食べている。俊介は声を掛けた。
俊介「伺ってもいいですか。花を食べていますが、それは食べられるんですか」
3人の中の年長らしき女性が答える。
「食べられます。最近人気が出てきているエディブルフラワー、っていうんです。
季節ごとにいろんなエディブルフラワーが咲きます。それを食卓に添えると、なんとなく華やかになるんです。ここの町にはエディブルフラワー・ガーデンが
あって、私たちは季節毎にここに来て、楽しんでま~す。」
夕食はカツカレーだった。味噌汁とサラダ。カレーの辛さがちょうどいい。食べ終わった後、自分の部屋に戻った。少し横になっているうちに眠ってしまった。
ご主人の大森さんに聞いたら、今晩は男の客は俊介だけなので、男湯には午後10時迄ならいつでもOKとのことだった。9時半に風呂に入り、日記を書いて、3日目の晩は午後10時半に布団に横になった。

木曜日。
翌朝、朝食後少し早かったが7時15分頃民宿を出て、いつものように自転車でログハウスのオフィスに向かった。管理スタッフは来ていて部屋の掃除をしていた。
俊介は自分に気合をかけるように、思わず言った。「さあ、今日は集中して頑張ろう。今自分にできる最高の企画書をつくりあげよう。伊東さんのためにも、そして自分のためにも。・・・こんな気持ちになったのは初めてだな」
オフィスの窓の向こうには森が見える。
俊介は無心に企画書づくりに取り組んだ。ワクワクしながらシート1から8迄の余白に貼られたポストイットを見ながら、それぞれのシートの内容をまとめていった。何か上の方からインスピレーションが流れてくるようなちょっと不思議な感じもした。
テラスで出前の昼食を森から吹いてくる心地よい風に吹かれながらとった。昼食の後、3時迄シート1から8迄の内容をB4 1枚に箇条書きにした。これで今日の仕事は終了。自転車で民宿に戻り、民宿の建物の後に迫っている山の峠のところまで登ることにした。ワ―ケーション・コーディネイターの高梨さんが一緒だ。大体2時間の予定。
登山口らしきところから登っていく。木の根が地上部に露出しているところがあり、気をつけないと躓きかねない。高梨さんは時々立ち止まって声を掛けてくれる。切り株のあるところに腰かけて一息いれる。
高梨「フィンランドにいた時にも山登りをしました。向こうは殆ど針葉樹林です。ちょっと単調ですね。それに比べ日本の、このあたりの山には広葉樹林の場所もあります。木の実が多いためか、サル、リス、タヌキなどがいます。私はフィンランドに行って、そして改めて日本の山村を考えた時、「里山」はいいなと思いました。人が田畑を耕しながら、山の恵みにも預かる。今テレビでポツンと一軒家という番組がありますが、日本人は里山で動物たちと共生しながら生きてきたんだと改めて気付かされました。日本の童話にはそんな話が多いですよね。そこが日本人の本当の故郷ではないか、と最近思い始めているところです。」

峠についた。視界が開けている。富士川の流れ。その両脇に点在している建物。
俊介は風景にしばらく見とれていた。峠の切り株のあるところでポットのコーヒーを飲みながら、俊介は日本の自然の中で生きるとは、どんなことなのか思いを巡らしていた。以前俊介は取材のためにマレーシアに行ったことがあった。
南洋地方には乾季と雨季があるが、台風はない。ということで自然の脅威を感じる機会はそれほど多くはない。それに引き換え、日本は毎年台風が来て大きな被害をもたらす。地震も多い。また時に火山が爆発する。日本人ほど自然の恵みと同時に自然の恐ろしさを感じている民族はいないのでないか。そして自然を恨まないでそのまま受けとめている。そんな気付きを俊介は高梨さんに伝えた。

金曜日。
この日も昨日と同じように7時15分に民宿を出て、8時前にログハウスのオフィスに入った。ミーティングが空いている。俊介は今迄まとめた内容を、リハーサルの形でおさらいすることにした。
まず会社の上司、同僚向けに。図を使いながら約1時間、仮想のプレゼンをした。ログハウスのスタッフが「だれか来られたんですか?」と部屋にやってきたが事情を説明した。ポイントはこの事業が会社のイメージアップに役立ち、継続的な経済的利益をもたらす、というところに置いた。
次はパートナー向けに。主に大企業が対象になる。SDGsに具体的に貢献することになり、社員のモラールアップに役立ち、ひいては株価にも好影響を与える。それぞれ出てきそうな質問、疑問も想定して答えた。
午後3時には終えることができた。
午後4時頃までログハウスのテラスでパソコンから流れる音楽を聞いていた。
伊東さんが来たので、ミーティングルームに戻り、伊東さんにプレゼンをした。
伊東さんは笑顔で言った。「最高の企画書ができましたね。後は実行あるのみ。」伊東さんは奥さんの提案を持ってきてくれた。
その晩、2人はちょっとお洒落な、町のイタリアンレストランで食事をし、ワインで祝杯を上げた。
民宿に戻ったのは9時。風呂に入り、日記を書き、東京の奥さんにメールを
送った。「今回のミッションは無事完了した。明日午後3時頃帰宅します」

土曜日。
民宿での朝食後、町を散歩している俊介の姿があった。

(了)
 

​戻る

bottom of page