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時代小説「欅風」(46) 氏安 叡基の寺を訪ねる

氏安は江戸城登城の一件を叡基に伝えるため、叡基に住む寺に向かった。使いの者を事前に送り、訪問の件を伝えていた。叡基は氏安と伴の者を認めると、出迎えに道を降りてきた。

「わざわざお越しくださるとは恐縮に存じます」

部屋に通された氏安は簡素だが、すがすがしい趣きに思わず言った。

「風の通る、気持ちの良い部屋ですな」

「風とともに生きる・・・というのが私の好みでして、大工にわがままを言いました。殿のお計らいで、私などには勿体ない寺で日々暮らしております」

氏安はおしのが運んできた茶を飲んだ後、居ずまいを正して、叡基に言った。

「この度の江戸城登城にあたっては、叡基殿から貴重な助言を頂きました。土井利勝様にお会いし、さらには上様にもお目通り致しました。

その際、伊勢の国 桑名郡代の相談役を命ずる、とのご下命がありました。早速そのために桑名に天岡他三名を派遣しているところです」

「無事のお帰り、何よりでございます。江戸城登城、いかがでございましたでしょうか」

氏安は言った。

「この度は上様に直々に拝謁致し、親しくお言葉をかけて頂きました。前回の登城は新しく藩主になった時でご挨拶のみでした。」

「そうでしたか。それは良うございました。ところで上様はどんなご様子でしたか」

「とてもお元気そうでした。ところで叡基殿は何か気になることでもあるのでしょうか」

「私の見るところ、上様はこれから徳川の世が磐石になるよう私たちが思っても見ないような苛烈なことを次々となさることでしょう。守成という言葉を殿はご存知のことと思いますが、二代目、三代目で政権は強くもなりますし、また崩壊の道を辿ることにもなります。上様は戦上手とは言えないかもしれませんが、政事については上手どころか恐ろしい方です。鎌倉幕府、室町幕府、そして秀吉様の五大老制度から多くのことを学ばれているはずです。大御所もそのことを見抜いて、秀忠様を二代目将軍にしたのでしょう。狭野藩も上様の苛烈さを受け止めていかなければなりません。

上様は『小を持って大を制する』という今迄にないやり方をとっておられます。つまり譜代の小藩から優秀な藩主を登用し、幕閣に入れておられます。土井様も、酒井忠世様も、安藤重信様もいずれも十万石に満たない小藩の出です。その中でも、この度殿が会われた土井様は幕藩体制の基礎を固めたと言われる御方です。一国一城令と武家諸法度の起草者と噂されています。小藩出身の幕閣であれば、政権簒奪の野心など持つはずもなく、徳川家は幕閣の背後で、いや幕閣を通じ、全てを支配する力を得たのです」

氏安は呻くように言った。

「上様は聞きしに勝る怖ろしい方ですな」

「そう思って間違いないでしょう。これは私が噂で聞いたことですが、土井様は上様の異母兄弟ではないかとのことです。大御所が築山殿ではなく他の女性に手を出し、生ませた子ではないかと。とすれば徳川幕府は秀忠様と土井様のお二人の兄弟によって政事が行われている、ということになります」

氏安はハッと気づいたように言った。

「この度、土井様と上様のお二人にお会いしたということは誠に意味のあることだったのかもしれませんね」

叡基は言った。その声には明るさと重々しさがあった。

「殿のお考えの通りです。桑名44村の立て直しが幕府に対する大きな試金石となります。

但し、余りにそのことを意識されてはいけません。今迄と同じように殿らしくあってください。萎縮迎合することなく、お励みくだされば良き結果がついてくることでしょう。私も殿をお支えしたく、お使い頂ければと存じます。」

氏安と叡基は話終えた後、庭に出た。おしのが畑で青物の手入れをしていたが、立ち上がって氏安に深く頭を下げた。

叡基はおしのに声をかけた。

「おしの。このあたりを殿と一緒にゆるりと歩いてくる。ゲンを連れていく」

柴犬のゲンに叡基は声をかけた。


二週間後、江戸から一時戻ってきていた戸部新之助、桑名から戻った天岡、そして叡基が、氏安の部屋に集まっていた。

この度のご下命、桑名44村の立て直しのための協議であった。

氏安は三人に伝えた。

「幕府から桑名44村の立て直しのご下命があった。今迄我が藩で行ってきた様々な改革を参考にしながら、桑名44村の立て直しの案をまとめてほしい。

第一に、ただ結果だけを出せば良い訳ではないことは貴公たちも既に承知していることと思うが、改めて言っておく。幕府からは二年間の猶予を頂いている。基礎からの立て直しなのだ。そうでなければ長続きしない。そのために、桑名の農民、職人・工人、漁民、そして商人の仕事への意欲を高めることだ。桑名には桑名に合ったやり方があると思う。

第二に、桑名の特産物の開発に力を注ぐことだ。狭野藩と異なり、桑名は海に面しているので海産物も期待できる。尾張名古屋という大きな市場も控えている。

第三に、洪水対策だ。桑名は長良川、町屋川、朝明川と三本の川が桑名の地を通り、海に流れ込んでいる。問題の箇所は長良川、町屋川に挟まれた福江地区で、ここの洪水対策が重要となる。この地区は土が肥えていて、米どころなのだ。信玄公の桜堤なども参考にして、氾濫を抑えるだけでなく、利用することを考えてみてほしい。


氏安からの基本方針を聞いた後、三人は毎日のように協議を重ねた。


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