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時代小説「欅風」(33)郷助 車椅子・義足・義手工場開設

 狭野藩による北千住大川の堰堤補強工事が終わり、郷助の村も元の落ち着きを取り戻した。

 田植えも終わり、夏の青物、土物も順調に生長している。才蔵はすっかり農作業に慣れ、作業も捗るようになった。

 郷助は農作業の傍ら、車椅子、義足、義手の制作作業に追われていた。最近、その出来の良さが評判を呼んでか、注文が立て続けに入っていた。注文主は貧しい農民なので、できるだけ安価にするため郷助は材料の選定に心血を注いでいた。

「注文をしてくれる人たちは俺たちと同じ農民だ。少しでも安く作って一人でも多くの困っている仲間を助けたい」それが郷助の口癖だ。

 女房のタケは夜なべ仕事の続く夫の健康を気遣って、夜食を運んだり、茶を持って来たりしていた。

「ありがとうよ。もう少しでキリがつくから、そうしたら寝るよ。今日も二富村の喜助やんが松葉杖をついてやってきた。棚田の石積みをしていた時に転がった石で右足を潰してしまった、と話していた。俺が足の型を採っていた時、喜助やんは嬉しそうだった。」

「私もできる限り手伝うから、言って。・・・あんたが病気にでもなったら私、どうしたらいいか分からない」

「分かっているよ。心配をかけて済まない。俺も時間の配分を考えて無理はしないようにする。この仕事は息の長い仕事だからな」

「次郎太も頑張ってくれているし、才蔵さんも良くやってくれるから助かるわ。それに孝吉も」

「そうだな、才蔵さんもすっかり元気になった。本当に良かった」

 郷助は朝から夕方迄の農作業を終えて、皆と一緒に夕食をした後、半刻ほど仮眠してそれから夜なべ仕事で、車椅子、義手、義足を一人で作っていた。

 次郎太も才蔵も時々、郷助の納屋の仕事場に来て郷助の作業振りを見ていた。木を削り、鉄を熱して叩いて伸ばしたり、牛の皮をなめしたり、膠を煮たりしている。

「兄やんはどこでこういう技術を身につけただ?」

「村のそれぞれの分野の仲間から教えて貰ったんだ。木の削り方はコケシづくりの恵吉に、鍛冶は鍛冶屋の武司に、牛革のなめしと加工は彦次郎に、膠の作り方は保之丞が教えてくれた。皆俺たちが餓鬼の頃からの遊び仲間さ。あいつらの協力なしには俺もこんな難しい仕事はできないよ。俺が農作業の他にこういう仕事をすると言ったら、仲間が皆『それは大変な人助けだ。俺たちも手伝うよ』と言って励ましてくれたんだ。」

「今のところは兄やんの頑張りで何とか注文をこなせるかもしれないが、これから注文が増えてきたら、一人では出来なくなるんじゃないかな」

「そうだな。もともとこの仕事は金儲けが目的ではないんだ。傷ついた人々を助け、農作業ができるようにする、というのが俺の気持ちだ。もっと良い部品を、もっと安く、もっと沢山つくる・・・俺一人でいつまでもできる仕事ではないことは分かっている。」

 ここで才蔵が兄弟の会話に入ってきた。

「お二人の話を聞きながら思ったことですが、車椅子、義足、義手づくりの助手あるいは後継者づくりを始めたらどうでしょうか。今のところは近在の農家からの注文が多いようですが、車椅子、義足、義手を欲しがっている農民は江戸近辺だけでも数多くいるはずです。」

「いずれそういうことになると思っています。俺の希望はそれぞれの地域に車椅子、義足、義手づくりができる者がいるようになることです。特に義足、義手はその者に合わせてつくる注文制作だから、来て貰って型をとったりします。わざわざ遠くから来るのは大変ですから。」

 車椅子、義足、義手づくりをしながら郷助は農作業にも力を入れていた。お江戸建設が始まってからというもの、武蔵野の雑木林が次々に開発され、新田とか畑地に変わって行った。鳥の住処が減り、鳥が減ったためだろうか、近年は畑の害虫が増えている。郷助は次郎太に言って、二富村近辺の開発状況を調べさせている。

 害虫対策として、竹酢液、馬酔木液、ニンニク液、病気用として土筆液、トウガラシ液、ネギ液をつくり、それぞれの青物、土物で効果を試している。

 また鍛冶屋の武司に「こんなものができないか」と使い勝手の良い農機具の開発を相談し、試作品を田畑で使い、改良している。農作業を重労働から解放し、怪我が無くなるようにする、というのが郷助の目指しているところだ。

 農作業には怪我がつきものだ。しかし、農民には怪我を治す薬を買うことも貧しさの故になかなかできない。ましてや車椅子、義足、義手はかなりの費用がかかる。

 そこで郷助はまず二富村の農家に声を掛け、怪我のための無尽講を新たに設けた。講に加わった者は毎月少しづつ積み立てる。そして怪我をした時に無尽講から必要な金を取り崩すというやり方だ。

 郷助の元に義足をつけた農民がやってくる。

「郷助さん、あんたの作ってくれた義足のお蔭で杖を使わずに畑仕事ができる。少し重いが、とにかく頑丈なのが嬉しい。今日来たのは太ももに義足を固定するところが緩んできてブカブカし始めているので、それを直して欲しいんだ」

 義手をつけた農民は木の指の調整のために来ている。怪我をしていない手を使い、操り人形のように義手を動かすことができる。「上手くなったんだんべ」

 車椅子に乗った農民は車輪の取り換えに来ている。「坂道の上り下りがちょっと怖い」

 郷助は農作業の合間、やってきた農民の話を丁寧に聞きながら、直し作業をしている。

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