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時代小説「欅風」(40)叡基とおしのの暮らし

狭野藩の南方の小山に廃寺があった。厳光和尚からこの廃寺を修復して叡基の住まい兼寺にしたらどうかと氏安に相談があった。氏安は厳光和尚に案内されて廃寺に行き、その後直ちに修復作業に入った。

「叡基殿が住み、仕事をし、そして修行をされるところだ。しっかり普請するように」

氏安は藩庁の建て方掛りに命じた。そして寺の周辺の土地を地主より借り上げ、寺の土地とした。叡基はおしのと二人で農作業をしたいとの望みを氏安に伝えていた。

寺の修復が終わった時、桜が散り始めていた。

叡基とおしのは身の回りのものを馬の背に乗せた。

「厳光様。大変お世話になりました。仏に仕える身としてご一緒に修行させて頂き、言葉にできない多くのことを教えて頂きました。厳光様そして皆様と過ごせた日々を大切に胸にしまって、新しき場所に参ります。本当にありがとうございました。」

おしのも続けた。

「和尚様、和尚様が子供の私にも分かるように教えてくださった仏様の教えを日々大切にして、おしのはこれから生きていきます。」

「二人とも達者でお過ごしください。」

「厳光様、そして皆様も」

叡基とおしのは馬に乗り、自分達がこれから住む寺へと向かった。おしのは叡基の帯にしっかりつかまって、頬を叡基の背中に寄せている。

寺に着き、荷物を降ろした後、馬は馬丁に引かれ帰っていった。

荷物を一通り片付けた後、おしのは竈で湯を沸かし、茶を淹れた。

「おしの。私はまずこの寺に元吉の墓を立てる。江戸を離れる時、郷助に頼んで元吉の骨を分骨してもらったのだ。

「叡基様。うれしいです。これからも元吉兄さんと一緒なのですね。毎日お墓参りできます。」

叡基は目を瞑る前の元吉の顔と声を思い出し、暫し黙然した。

桜の花びらが部屋の中に小さな風に吹かれて飛んできた。花びらを手に乗せておしのは呟くように言った。

「春が終わり、これから青葉の美しい季節になりますね」

「おしの。いよいよこの寺で我らの新しい生活が始まる。私は藩のお役目があり、領内の山、川、池などを見て回ることになる。朝寺を出たら、夕刻迄戻ってこないという日もあろう。しっかり留守番してほしいのだ」

おしのは答える。

「叡基様。大丈夫です。おしのは今年で14歳になりました。畑で青物、土物も育て、朝晩の食事もおしのがつくります」

「そうか。それは助かる。おしののおっかさんはどんな人だったんだ」

「わたしのおっかさんはわたしが小さい時に病気で死んでしまいました。おとっあんはその前に戦さで亡くなっていました。。それからお兄ちゃんとわたしは叔父さん、叔母さんのところに引き取られました。叔父さん、叔母さんはわたしたちに家の中での仕事をちゃんと与えてくれて、いろいろと教えてくれたわ。

わたしには炊事、洗濯、着物の繕い、お兄ちゃんには農作業に、牛と馬の世話の仕方。叔母さんは『おしのちゃんはウチからお嫁に行くのよ』て言ってくれました。

でもある日、叔父さんは新田の水争い駆り出され、怪我をして帰ってきたけど、怪我で身体が腐り、アッという間もなく死んでしまった。叔母さんは叔父さんが居なくなった後、一人で頑張っていたわ。お兄ちゃんも一生懸命手伝ったけど、追いつかなかった。とうとう叔母さんは無理がたたって病気になり、亡くなってしまった。そうこうするうちに親戚の人達がやってきて田圃も畑も自分達のものにしてしまい、私たちは家から追い出され、お兄ちゃんは人買いに買われてどこかに行ってしまった。

人買いに手をつかまれて連れて行かれる時、お兄ちゃんは大きな声でわたしに言ったわ。

「おしの。達者でいるんだぞ。兄ちゃんはしっかり稼いで、おしのを必ず迎えにくる」

おしのはそう言って遠くを見るような目をした。

叡基は聞いた。

「おしの。・・・おしのはそれからどうなったんだ?」

「わたしは親戚のこども達のお守りをさせられました。親戚の人達からよくぶたれた。『もっと泣かさないように子守が出来ないのかね』って言われて。食べるものも家族の残りものだった。」

「江戸に来たのは?」

「ある日、薬売りの人が来て、話してくれた。今、お江戸は普請で景気がいい。沢山の人足が集まって水路を掘ったり、橋を架けたり、家を建てたりしている、って」

「それでお兄ちゃんを探しに江戸に行ったのか?」

「夏の朝早く、村を飛びだして、江戸に向かいました。十里と聞いていたので、三日間歩けばわたしでも行けると思った。途中は川で水を飲みながら、草を食べながら歩いたわ。江戸についたら右も左も分からなくて、疲れて大川の土手を下りたところで休んでいたら、元吉さんがわたしを見つけて降りてきた。『そんなところで何をしているんだい?』

わたしの身の上を話したら、元吉さんが『俺について来い。ちゃんと食べさせてあげる。俺は江戸に来てもう一年になる、大丈夫だ』って」

「それで元吉と一緒になったというわけか」

「わたしはその時、お兄ちゃんに会いたいという気持ちで江戸に来たけど、こんなに人の数の多い江戸でお兄ちゃんを探すのは無理かもしれないと諦めかけていた。元吉さんはお兄ちゃんと似ているところがあったの。元吉さんはいくつかのお店の厠の掃除をしてお金を稼いでいたわ。わたしも手伝うようになった。元吉さんは『厠は家の中でとても大事なところなんだ。厠がきれいなら、その家の格が上がると俺は思っているんだ。』と誇らしそうに言っていたわ。だから厠掃除の歌も作って元吉さんとわたしは歌を歌いながら掃除をしたの。元吉さんと一緒にいると何もなくても楽しかった。夜はお寺の祠で寝ました。わたしはいつの間にか元吉さんをお兄ちゃんと思うようになった」

「厠の仕事はその後、どうなったんだ?」

「仕事にあぶれた大人の人達が厠掃除の仕事をするようになってから、わたしたちの仕事は減っていったの。丁度その頃、狭野藩の大川の普請があって、元吉兄さんと一緒に土手の踏み込みをして握り飯と味噌汁で食べつないでいました。」

「そうだったのか」

叡基はおしのの顔をじっと見つめ、言った。

「おしの、元吉と出会えたのはみ仏がつないでくださった縁だ。おしの、この寺からおしのを嫁に出してあげよう。今度はわたしの番だ」

おしのは叡基に向かって目をキラキラさせながら、言った。

「叡基様、ありがとうございます。嬉しいです。おしのは留守番、炊事、洗濯、着物のつくろい、畑仕事に励みます。遠慮なく申しつけてください」

「おしの。助かる。ありがとう」


ある晩、叡基が書類を読んでいるところにおしのは茶を運んできた。畑で育てている茶の葉から二人でつくった茶だ。茶を置いた後、おしのが言った。

「叡基様、お時間のある時で良いのですが、わたしにもみ仏の教えを手ほどきしていただけないでしょうか。わたしは人の目から見たらどのように見えるか分かりませんが、きっとわたしにも仏様のみ心、慈悲が注がれていると思うのです。」

叡基はおしのの願いに微笑で答えた。

「おしの。そうだよ。その通りだ。・・・わかった。それでは二人で朝、経典を読むことにしよう」

そしてもう一つ付け加えた。

「おしの。犬を飼いたいと思うのだが、どうだ。留守番しているおしのも犬がいれば少しは安心できるのではないかな。」

「犬は私好きです。江戸の犬はいつもお腹を空かしていて怖かったけど、田舎では犬を飼っていました」

「そうか、それでは藩庁の友人に頼むことにしよう。最近子犬が産まれたと聞いたので一匹貰うことにする」


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