会社解散(自主廃業)物語 (5)自主廃業への微かな光
翌日23日、朝。出勤で家の玄関を出る時、今日から厳しい闘いが始まるなと思わず天を仰いで、ため息をつくともなしについた時、家内から「お父さんだったら出来るわよ。頑張って」「そうはいってもなあ」笑顔で送りだされた。土壇場になると女性は強いなぁ・・・。いつもと同じように家内の見送...
会社解散(自主廃業)物語 (4)八起会 野口会長の紹介で公認会計士に会う
8月18日午前10時、上野稲荷町の八起会の事務所に野口会長を訪ねた。野口会長の本を読んで、お会いしたいと思いました。挨拶代わりにそんなことを言った記憶がある。野口会長は穏やかな表情で私を迎えてくれた。野口会長から「会社の状況はどんなですか?」と聞かれた。私は会社の概要を手短...
会社解散(自主廃業)物語 コーヒータイム①・ちょっと一休み
第3話まで読んでくださり、ありがとうございます。新型コロナウイルス問題で多くの飲食店が、企業が廃業・倒産に追い込まれています。 最近思わされていることは、仕事も含めて、自分の人生の意味です。 自主廃業が完了したのが2001年。今年は2025年。あれから24年の歳月...
会社解散(自主廃業)物語 (3)眠れない夜
8月、お盆休みの時期、会社をこれからどうするか、必死になって考えていた。 新年度も1/4半期を過ぎ、業績が激しく落ち込んでいた。売上高で計画比70%、粗利益では50%という予想もしていない業績悪化だった。その前の年度、3年連続営業利益の赤字は食い止めようと、役員報酬カット、...
会社解散(自主廃業)物語 (2)業務日誌書き始める
解散を決める前から、一冊のノートに記録を業務日誌のように書いていた 。1ページ目は2000年8月22日。ひどく疲れた時、あるいは混乱して気持ちの整理がつかなかった日もあり、少し抜けている部分もあるが、 ほぼ毎日書いた。自分を支え、支え続けるために書いた、...
会社解散(自主廃業)物語 (1)はじめに
現在私は屋上菜園の仕事(施工と野菜栽培)をしている。 この仕事がライフワーク となった。屋上菜園の仕事は 都会のビルの屋上のスペースを利用 して菜園をつくり 野菜類(葉菜、果菜、根菜)を有機的に栽培して、収穫 して新鮮な野菜を食べて頂くというのが主な内容となる。...
JVECの屋上菜園活動の概況(2024年11月現在)
現在JVECは、北千住、銀座、お茶の水、神田、渋谷、押上、浅草、板橋の都内8ヶ所 で屋上菜園活動 をしています。 栽培面積は合計で300m² となります。 一番歴史の長い北千住の商業ビルは18年間続いています。 業態別に分類すると以下のようになります。...
阿栗 満(Agri‐man)氏の農的人生(10)屋上菜園・未来のイメージ
2035年初夏、飛行機で東京上空に来た時、眼下に広がっているのは一面の緑のモザイク模様の田園風景だった。ビル砂漠と思っていたがそうではなかった。なんと美しい光景だろう。オーストラリアからの外国人観光客フランクは信じられない思いで眼下の風景を見ている。10年振りに日本に来た。...
阿栗 満(Agri‐man)氏の農的人生(9)野菜に習い、1年刻みでこれからの人生を生きる
阿栗は、昨年迄はこのようなことは考えなかったが、79歳になって、自分の人生がいつ終わるとも限らないという意識を持つようになった。ということでこれからは野菜に習い、1年刻みで生きていくことにした。そこでこの1年の間に是非やっておきたいこと、今後のことを考えて、すべきことをリス...
阿栗 満(Agri‐man)氏の農的人生(8)人々に「農」と自然の中で生きる喜びと希望を与える
屋上菜園は東京のような大都市に畑を造って野菜を育てる、新しい「農」の有り方だ。都市部では地上には畑にできる場所が無いので、家賃の発生しない屋上を使うことになる。 最初屋上菜園が始まったのは15年前、北千住の商業ビルの屋上だった。この商業ビルの屋上は芝生と灌木で緑化されていた...
