時代小説「欅風」(80)狭野は桃源郷
叡基による狭野藩の領地利用計画の案が出来上がった。全領地を調査、測量して作った正確な地図が元になっている。そのために一年を費やした。 叡基は手書きの、丁寧に細かく描かれた地図を氏安の前に拡げた。 「心がけたことは現状をできるだけ尊重しつつも、狭野の領民にとって住むのに良く、...
時代小説「欅風」(79)才蔵、新之助 一夜の会話
新之助は才蔵に文を送った。近い内に会って積もる話をしたい、という文面に、新之助の荒木町の店「大和屋」の近況も書き添えた。間もなく才蔵から返事が来た。郷助に相談したところ、「ウチに泊りがけで来てゆっくり語り明かしたらいかがでしょう。食事はこちらで用意します。新之助様のご都合の...
時代小説「欅風」(78)慈光和尚の願いと天岡の帳合への取り組み
今日も夜明けから波江が畑に出て農作業をしている。千恵と幸太が一緒だ。波江が収穫するキュウリ、ナス、ネギ、インゲン、春ダイコンを受け取ってそれぞれ篭に入れている。形の良いものは行商で売るもので、自分達が食べるものは小さなもの、形の悪いもの、虫食いのあるものだった。畑で大体の仕...
時代小説「欅風」(77)おしのと孝吉・夫婦へ
晩秋のある日、叡基のもとに一通の文が届いた。開いてみると郷助から送られてきたものだった。過日の訪問の礼が書き綴られていたが、その後叡基を驚かせるような文が続いていた。 「・・・。叡基様にお願いがあります。過日お伺いした時、私と孝吉が大変お世話になりました。その際、孝吉はおし...
時代小説「欅風」(76)叡基・狭野での土木・建築工事
狭野藩は小さな藩だ。当然領地も狭い。氏安は叡基とこれからの領地開発について話し合った。二人は藩庁の池に架かった小さな太鼓橋のところに座って話し始めた。 朝の空気は気持ちがいい。氏安は思わず深呼吸をした。 現在他の藩では新田開発が盛んに行われている。森が次々に削られていく。森...
時代小説「欅風」(75)氏安・幕閣の一人として藩主として
氏安は江戸城から狭野に戻れるのは二ヶ月に一回程で、狭野藩に滞在できるのは2週間程しかなかった。家老たちと藩の運営について報告を聞いた後、早速天岡を呼んだ。天岡は御料地桑名の村請制度の進展を報告した後、助郷制度の改革について説明し、伺いを立てた。氏安は村請制度の報告を聞いた後...
時代小説「欅風」(74)波江・この世の人生への問い
波江は毎日早朝から深夜まで働き詰めだ。何時寝ているのか分からないくらいで、千恵が心配して聞く。何かに憑かれたかのように、いや何かから逃れるかのように働いている。 「お母さん、いつ寝ているの?大丈夫?」 「千恵ちゃん、大丈夫よ。ちゃんと寝ているわ」...
時代小説「欅風」(73)郷助の作業場と源次の帰郷
郷助の作業場で働いている助手達は腕を上げていった。特に大船渡の源次はもともと大工だったこともあり、もう一人で車椅子、義手、義足をつくることができるようになっていた。最近は片足を無くした農民から松葉杖をつくってほしいとの注文もあった。毎日作業に追われる日々が続いていた。作業場...
時代小説「欅風」(72)新之助 商売の手ごたえを感じる
新之助が責任者になっている大和屋は繁盛とまではいかないが、客足の段々増えてきた。 ある日、先日絹の敷布を売った薬種問屋の主人がやってきて、言う。 「お陰様で、家内が喜んでいます。絹の敷布はとても気持ちがいい、と。ところで、敷布は毎日使いますとどうしても汚れてきます。自分で洗...
時代小説「欅風」(71)天岡の村請制と助郷制度改革
天岡は氏安から指示を受け、桑名44村の村請制と助郷制度についての改革案をまとめていた。割当てられた石高は検地で決まっている。石高の引き下げは認められる筋合いのものではなかった。石高は常に実際より高めに決められていた。以前九州の天領の一つ、天草で現実を考慮しない余りに高い石高...