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時代小説「欅風」(5)青物問答・その一


 毎週金曜日は青物組の者が集まり、翌週の農作業の打ち合わせをするきまりになっている。組頭の高田修理の下に二人一組、都合五班あり、全部で十名で下屋敷内の前栽畑の農作業をしている。十名全員定刻に揃ったところで、高田修理から話があった。

「これからいよいよ夏青物が実をつけ、そして直に収穫となる。美味しい青物をお殿様に献上するためには、これからの作業一つ一つが大切なことはおぬしたちも良く分かっておろう。今日は日頃農作業について世話になっている郷助、孝吉親子に来てもらった。郷助からこれからの作業の肝心な点について話があるので、しっかり聞くように。」

 高田修理は郷助の話の前に全員に釘を刺すかのように、こう言った。

「青物作りのための費えは決まっている。節約を旨とすべし。そして汗を流し知恵を絞るのじゃ」

 春に土作りをした時には落ち葉と鶏糞と米糠で発酵させた堆肥を元肥として使った。桜の落ち葉は発酵する時、殊の外良い香りがした。胸がスーッとする、どこか懐かしい香りだった。追肥は鶏糞の乾燥したものに畑土、籾殻、米糠を混ぜて水を加えてムシロを被せ一ヶ月ほど寝かせたものを使っている。追肥のつくり方も郷助から教わった。郷助は追肥を手に取り鼻に寄せ、それから手で砕きながら「完全に発酵する迄、後七日待ってくださいまし。臭いが全くしなくなったら、いつでも使えますだ」

 郷助は「夕べ百姓仲間でこれからの天気について話し合いましたが、今年の梅雨はいつもの年に比べて長引きそうだというのが皆の衆の見立てですだ。湿っぽい時には特に病気に注意しないといけません。」

 郷助は一息ついて、、言葉を続けた。

「ところで百姓は普通雨が降っている時には野良仕事はしねえもんです。畑の土が雨の日に人が入ると踏みつけられて固く絞まってしまうのを嫌うからなんで。畝と畝の合間にまで青物の根が伸びてきています。土が固くなると根も伸びにくくなります。ですから雨の晴れ間が稼ぎ時ですだ。梅雨の時だけはお天道様頼みですから、わし等はお天道様が顔を出したら畑に飛んでいきます。」

 高田修理は難しい顔をしていた。

 木賀才蔵が、「郷助。一つ聞いても良いか。雨の日でも野良仕事ができる手立てはないものか?」

 郷助は知恵袋のヒモをちょいと緩めて中身を取り出すような感じで「ちと手間になるかもしれませんが、こんなやり方をお試しになったらいかがでしょう。まず畝と畝の間にたっぷりと稲藁を敷いてください。稲藁はわしの方からお屋敷に運びましょう。それから野良仕事の時に履く草鞋ですが草鞋の厚さを二倍にしましょう。ふんわりした草鞋を履いて稲藁の上を歩けばよいですだ。蓑を着ての野良仕事です。湿気が強いですから、仕事が終わった後は手ぬぐいでしっかり汗を拭ってください。大事なお身体、風邪を引いたらいけません。」

 郷助は稲藁の上を歩く様子をやってみせた。「ゆっくり、柔らかに、ですだ」

 次に、第二班の石川正之助が郷助に質問した。「おぬしらはどのようにして天気を予測するのだ。拙者などは今日の午後の天気も分からないというのに」

 郷助は、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの表情で、「天候の見通しを立てる。それこそがわし等の大事な仕事ですだ。雲の形、流れ、虫の鳴き声、草葉の色、風の吹き具合、川の中の生き物・・・「天地有情を読む」、とわし等は言っておりますが、五感それに第六感を働かせて明日、明後日、さらには一ヶ月の天気を予測します。真剣勝負ですだ。わし等は餓鬼の頃から親父に天地有情の読み方を叩きこまれました。」

 石川正之助はうめくように「真剣勝負か。まさに生き死にがかかっているんだな」

 郷助は「お侍さんほどではありませんが、予測を間違えますとわし等はおまんまの食い上げとなりますし、大切な年貢も納められないことになります。そうなれば大変ですだ」

 第五班の藤田誠之進が、「つかぬことを聞くが、畑のミミズは何を食べているのだろうか。

 最近ミミズが増えてきている。増えてきている、ということは餌があるからだろうと思うが、拙者の目には餌らしきものは見えなんだが・・・」

 郷助は答える。「餌が土の中で増えてきているんです。皆さんの目には見えない小さな、小さな生き物が土を細かく砕き、堆肥を養分に変え、青物、土物が吸収できるようにしている、と親父から聞いたことがあります。土に耳をつけますと、土の中から微かに音が聞こえるような気がします。とてもかわいらしい音です。そんな音を聞きますと、わしは小さな生き物が生きて働いている土を抱きかかえたくなりますだ。ありがたい、ありがたい、と思います」

 高田修理は「さてもう時間だ。郷助の今朝の話はこれぐらいにして、次回は翌週の同じ時間にまた郷助の話を聞くとする。今朝質問できなかった者は来週だ」

 散会を命じた。


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